2011年5月10日火曜日

震災備忘87 帰郷報告

おはよう福島!

◎帰ったばかりのいわきに電話。その間15秒。今朝は下り坂ながら今は良い天気とか。

◎さて6日に丁度2か月振りの帰郷。常磐道を北上する車窓は当然心なしか風景は違って見えてくる。といっても季節柄茨城中部からは田んぼは水が張られ老人の頭のごとくおまけ程度の毛髪のような苗は風に揺らぐ。

◎北茨城辺りから次第に山が迫り福島に入ると両側に挟まれ常磐道が北へ延びる山の表情が豊かになる。白、桜色、黄、薄紫、薄緑、黄緑、緑がメッシュ状となり春告模様。

◎常磐道を一路北へ勿来からいわきの間の法面(のりめん)の崩れを右手に見てすこしづつ地震の爪痕が顔を出し、常磐道を降りて崩壊寸前の古い家屋や屋根瓦が剥がれ落ちブルーシートで応急処置の家々、路面のうねりや地割れ後も見え地震の威力を想像する。

◎日立を過ぎるころからマスクを装着したのにいわきにたどり着き驚いたことに市街地でマスク姿の数が甚だ困難。まぁ満を持してのマスクを外したその心境は分かるけれどいくら解除とあっても?が残る。 

◎夕刻まで暫し時間のあるころ実家に到着。挨拶もせずにさっそく被害振りをチェック。
父自慢の庭には、レンギョウ、モチの木、木蓮の庭木が花を咲かせていた。とくに今年のモチの木は凄い。知る限りレンギョウとモチの木が一緒に咲くことはないのだけれど少しずれ込んでいるのだろうが、この季節にしては寒い。

◎両親から長い悲喜交々の話を聞きながら、いろいろ考えさせられる。震災以降母は階下に来て父の隣に床を並べ就寝するようにオイちゃんも障子を開けた隣の間で日が変わるまえに就寝。まぁカエルの声も伴奏となって何十年前の幼いころの川の字を思い出す。 

◎ことしの我が家のGWは、3日がオイちゃんの誕生日と還暦、7日が両親の61回目の結婚記念日、そして8日が母の日ときてまさしく当家の黄金週間とあいなった。いろいろあるが良い思い出となるGWになろうか。

♫ The Intruders / I’ll Always Love My Mama