2011年6月1日水曜日

震災備忘103 ドン管の最後?

おはよう福島!

◎今日、しんさい、と打ったら、神祭と出た。神の祭?はて?何が起こるのか?

◎さて今朝のいわき、快晴。微風。しかし毛糸を羽織るほどの寒さとか。母の声は元気。

◎先だってのNYからの友の一時帰国。311以降の日本を憂いて彼地より自分の目と耳そして肌で感じるため、不安に駆られて憔悴しきっての帰国であった。そしてその想いをさらに重くしてNYに戻って行った。

◎ボクは何日か前に憤死しそうだとここで綴った。「憤死」なる言葉、父の本棚にあった「三国志英雄伝」か「三国志演義」をそれこそ小学生の頃に始めて出会った。悔しさや怒りがヒトを殺してしまう凄さを、子供心になんと!なんと!などと驚いた記憶がある。

◎正直菅直人だけに押し付ける気もないが、ただあまりにも不甲斐なくその性根の質を懲りもせずまるでフリー試聴の如く見せられてしまうと、さらに言葉を無くしてしまうのです。

◎追求する側、マスコミも同じ根っこの体たらく。組織を束ねる頭達の質的というかヒト的なあり方への疑念などなど。さらにお人好しが加わりいいようにやられっぱなしの外交実情などなど。この国には毅然とした圧倒的な大人がいないことにいまさらながらに驚き隠せないなどとはもうとっくに通り越した危険水域にいることへのこの悲壮感が日増しに高くなるのです。一体全体ここまで酷いとは。 

◎事ここに来て、原発を人質に「責任!ですから」とドン管の権化に開き直られては、あまりにも悲しくて切なくてやりきれません。ボクには、俵に足を括ってどうしても踏ん張る気概はまだまだありますが、被災地故郷の人らの心情を知れば知るほど、まさに彼らが憤死しそうな日々を、どうしたら和らげることができるのかと脳裏を離れることができません。それこそ不甲斐ないのです。非力ですなぁ。でもヘコタレマセン。へっ

◎6日の入院を先読みして、下着類が届きました。被災にありながらこうした気持ちと行いを受ける身として憤死するなどできませんもの。しかしエエ感じのものをお選びになっている。はてもうどのくらい経ったのか、母以外でボクのパンツの柄を知っているひとがお留守になって・・・オ~イ元気ィ~?そろそろ誕生日だねぇ。ガハ

◎で、神祭、今夕には分かるのかしら?ドン管の行方・・・ 神祭か震災か・・・はて?